2010年9月8日水曜日

この残酷な世界で子供達は守られている 〜イシグロ『私を離さないで』"Never Let Me Go"

私の名前はキャシー・H。いま31歳で、介護人をもう11年以上やっています。

象徴的なこのセンテンスで始まる小説『私を離さないで』。
現代イギリスを代表する作家カズオ・イシグロの代表作と呼ばれています。恥ずかしながら彼の小説を初めて読みました(ほんとに恥ずかしいね、、、)。ああ、イシグロってこんな緻密な文章と幻想的な世界を書く人なんだなぁ、と思ったら、後ろの柴田先生の解説によれば、作品によって全く書き方を大幅に変えてかつ成功している希有な作家なようです。一作でわかった気になってはいけないのね。

この単行本が出たときに各書評は、ネタバレを避けるために非常に難しい書き方をせざるを得なかったという話があります。この小説はミステリではありませんが、ありかたとしては、主人公の長い告白を通して、少しずつ、少しずつ、糸が解きほぐされて全貌が明らかになっていく物語です。自他共にネタバレに寛容な私ですが、今回はできる限り自粛しようと思います。

さきほど幻想的な世界と書きましたが、設定が今私たちが生きる世界とはずいぶん違うという意味で幻想と呼んでいるだけです。作者の筆は実に繊細にリアルに、物語世界の詳細を描ききっています。ただどことなく靄がかった、ぼんやりとした、掴めるようで掴めないような印象を残すのは、主人公にとって、ヘールシャムという学校がもはや思い出の中にしか存在しないからなのかもしれません。主人公を通しての回想、そこには今進行形で起こっている出来事のような鮮明な描写は望むべくもないのでしょう。



この小説の中で一番印象に残った台詞があります。卒業後に、主人公が先生と対面する場面です。


「あなた方を怖がっていた?それはわたしたち全部ですよ。わたしもそう。ヘールシャムにいる頃も、ほとんど毎日、あなた方への恐怖心を抑えるのに必死でした。自室の窓からあなた方を見下ろしていて、嫌悪感で体中を震わせた事だってあります……」


これは、なんと残酷な告白でしょう!
生徒達が毎日恐れ、かつ慕っていた先生の胸中の吐露。この世に生まれてきた、生徒たちのその自然な生命を否定する差別感。いやむしろ、生理的な嫌悪感と言ってもいいでしょう。

自分と違ったものに対して、あからさまに否定してみせる、というのはまだわかりやすい。自分と違ったものを認めるように、見方である様に動きながら、内心は生理的な嫌悪感でいっぱいだったのよ、と言われたときの主人公達…しかし物語の中において、あまりにたくさんの事を一度に知りすぎた彼らはこの言葉にも特別の反応を見せる訳ではありません。

しかし、作者は こちらのインタビューでこうも言っています。


私はこの世界を子供時代のメタファーにしたかったのです。つまり、中にいる人は、外界が十分理解できないということです。子供が生きている、言うならばバブル(気泡)の中に流れ込む情報を、大人たちがかなり慎重にコントロールできる場所です。我々は、もちろんいろいろな点からみても、このような施設の中で成長するわけではありませんが、大人の中で生きていても、子供時代というのは、こういうものだと思います。


ヘールシャムの生徒達が一般的な子供時代のメタファーだ、とするならば、私たち大人は常に子供を上から見、指導し、そして内心、クモを見るように忌み、恐れている、という事なのかもしれません。
そして子供たちは、この残酷な世界から遮断され、保護され、少しずつ外部の情報を与えられながら、大きくなっていくのかもしれません。


ところで、もうすぐこの『私を離さないで』の映画が公開されますね!確か10月1日だったでしょうか、今一番、公開を待ち望んでいる作品です。

それで原作を読んだ後でキャストを考え直してみると、主人公キャシーにキャリー・マリガン、そしてルーシーにキーラ・ナイトレイ、となっています。しかしこの二人が同級生って!同い年って設定はないだろう!と思ってしまったのですが、調べてみたら実は二人とも1985年生まれの同い年なんですねぇ(汗)。17歳の肖像で見たばっかりだったのに、キャリーは意外と歳いってたんですね。。。あとキーラは昔から売れているから絶対もっと年上…いやいやいやなんでもないです。なんでもないですってば。
映画版『Never let me go』も早く観たいです〜。

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