2010年5月8日土曜日

6本指の大作家を探す静かな冒険、パハーレス『螺旋』"El Paso de la Hélice"

twitterというのは不思議な場所で、そこでの出会い(フォロー、フォロられ)は偶然的要素が多いでしょうのに、流れてくる各種情報が自分の守備範囲にぴったりハマる事が往々にしてあります。この600ページを超える分厚い本のことも、流れてきたつぶやきで知った次第。




螺旋螺旋
木村榮一
サンティアーゴ・パハーレス

ヴィレッジブックス  2010-02-27
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【あらすじ】
マドリッドにある出版社の中堅編集者ダビッドは、ある日社長から密命を受ける。社長によれば、その出版社の大ベストセラー『螺旋』の作者トマス・マウドは実は匿名の作家で、一方的に原稿を送ってくるだけで、どこの誰とも分からないのだという。続編を書いてもらう為にどうしてもその作家を探し出さねばならないという社長の命により、ダヴィッドは数少ない手がかりを手に、山中の小さな村へ旅立つ…

【解説・感想】
始まりと中盤と最後、随分と印象が違ってくる本でした。
最初の、じりじりと暑いカリブの島ではそれなりの手腕を見せる優秀な編集者としてのダヴィッド、そして作家を見つけられないばかりか何もかも上手くいかないダメ男になったダヴィッド、そして最後は…もちろん語りませんけど(笑)、これは謎の作家探しの小説であると同時に中年男の成長物語でもあるんですね。


そしてそのメインストーリーと交互に絡まってくる、大ベストセラー「螺旋」をめぐるもう一つのストーリー。こちらも、普段知ることの出来ない「堕ちた」マドリッドの若者の姿を克明に描いています。登場人物の一人レケーナなんて、日本で言うところの”ブラック会社”で働いているので、その閉塞感がプロットに関係してきます。スペインの失業率は20%とも言われていますから、若者達の置かれている状況は、日本や米国以上に厳しいものがあるのでしょう。

作家論・読書体験の肝が各所に織りまぜられているため、本好き心がコチョコチョと刺激されます。そして、さらっと流しているようでいて実は、人の内側の光を探し出すような、細かな人物の行動の描写。またその余韻。
また、最後の解説が楽しかったです。マドリッドの出版社ブースでの若手作家のサイン会で作者に出会った時のエピソード、「日本語に翻訳して欲しいんだよね」って一生懸命お願いしてくるパハーレスさんににやっとしてしまいます。

ネット上で検索してみたのですが、この本、英訳も出ていないようですね、アマゾンでもヒットしません。あとパハーレスさん、Facebookやbloggerのページも持っていてかなり気軽に世に出ている様子(笑)本国ではマウドとまでいかなくてもレオくらいは売れているのかなと思ったのですが、wikのページもないようです。

一方日本では、あちこちの書評で好意的に紹介されているようですし、一般の反応も大きく評判も良さそう。日本人の好みと合ったのでしょうね。しかし同時に、ヴィレッジブックスから出たというのも大きいんじゃないでしょうか。翻訳小説好きに、柴田元幸さんのお名前は、黄門様の印籠のごとくによく効きそうですから(笑)
最後に引用を。


「分かります。ぼくもあなたみたいになれたらいいんですけどね」
「山のような仕事を抱えたいという事ですか?」
「いや、そうじゃありません。仕事は今でも山のようにありますよ。ぼくが言っているのは、あの小説を読んでいないほうがよかったかな…」
「あら、さっきはいい小説だとおっしゃったんじゃありません?」とエルサが口を挟んだ。
「最後まで言わせてくださいよ。あの小説を読んでなければよかったというのは、それだったらまたゼロからあの小説を読んで楽しむ事が出来るという意味なんです」
(P.69) 


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